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週刊少年ジャンプの打ち切り漫画レビューブログ

元ジャンプ編集長・鳥嶋和彦氏へのインタビュー動画が公開されています。

現在、YOUTUBEのⅤジャンプチャンネルで「『ミニファミコン ジャンプバージョン』世界最速クリアガイド発売記念! 元週刊少年ジャンプVジャンプ編集長の鳥嶋和彦氏に突撃インタビュー!」と題し、鳥嶋和彦へのインタビュー動画が公開されています。

 

 

鳥嶋和彦とは(wikipediaより抜粋)

1976年(昭和51年)、集英社に入社。

週刊少年ジャンプ』編集部に配属され、以後一貫してジャンプ関連の雑誌・書籍の編集を担当。漫画以外にも、企画ページの「ジャンプ放送局」、ファミコン神拳」などの編集や、連載漫画のメディアミックス化を手がけたり、堀井雄二をゲームの世界に導いたり、『ドラゴンクエスト』誕生にも一役かっている。

その流れから、1993年(平成5年)には創刊編集長として、後輩の高橋俊昌とともにゲーム雑誌『Vジャンプ』を立ち上げた。

1996年(平成8年)2月に『週刊少年ジャンプ』の売上低迷を打破する切り札として、ジャンプ本誌に呼び戻され編集長に就任。

『遊☆戯☆王』など連載作品のメディアミックスを精力的に推し進めた。

以後2001年(平成13年)6月まで週刊少年ジャンプの編集長兼発行人となった。

 

 

動画では、ジャンプ漫画をゲーム化した経緯や、ジャンプでゲーム記事をやり始めた理由、今と昔のゲーム業界の違いなどを語っています。

 

・なぜジャンプ漫画をゲーム化したのか

当時のジャンプはアニメ化作品も多くなり、商品化の一つとしてゲーム化したい希望が多かった。

ファミコンソフトの価格は4千円ぐらいの高額商品だったし、それが100万本売れたりする儲かる。

 

・ジャンプでゲーム記事を取り上げた理由

当時はパソコンゲームの特集を堀井さんとやったが反響は悪かった。

MSXファミコンを比べると、圧倒的にファミコンが良かった。

当時はコロコロコミックの袋とじが好評だったので、研究することになった。

堀井氏とファミコンを研究した結果、袋とじで何かやろうと。

しかし、それだけだとページ数が持たないので、 ヨーロッパの旅行案内ガイド『ミシュラン』のように、率直にゲームを評価しようということになった。

そういった状況の中で雑誌「ファミコン神拳」を始めた。

 

 

ファミコンジャンプが生まれた経緯

20周年で何かやれないか。

オールスターでやれるゲームはどうかとバンダイが企画を持ってきた。

アニメ化にならない作品はゲーム化にならなくて光が当たらなかった。

作家にも印税収入がない。

だったら20周年のときにそういう漫画(アニメ化にならない漫画)を入れてゲーム化することによって、子供たちにも遊んでもらえるし、作家にも収入が入るからOKした。

 

・今と昔の違い

昔はクソゲーを出せるだけの業界の余裕があった。

半年間で4,5名ほどの開発チームでゲームを作って出せた。

当時は若くしてゲームを1本作ることができた、失敗してもどうして失敗したのかを考えて次に行くことができた。

今だと何十人、開発費何億、開発期間3,4年、失敗はできない、一部分しかやれない。

作っていることの面白さがわからない。

ファミコンは何でもありだった、制限はあったけど、その中で何でもやれたことの面白さがあった。

今では新しいものを出して失敗することができないからどうしても手堅いものになってしまう、そういうところが面白くない。

 

などといったとても興味深い話を語っています。

その他にも当時のゲームについての裏話をしていますので是非ともご覧ください。

 

 

うわ~、マシリトだ!!すごい久しぶりに動いている姿を見たなあ。

ポケモンの面白さがわからないんだよね~」ってマシリトが言った後に、インタビュアーが「そこはアンテナが錆びてたと」って言った後のマシリトの顔みた??

え・・・え?何かあった?

超怖い顔してたわよ!?私見逃さなかったから!

何はともあれ、また、こういう色々なジャンプ漫画でイジられる敏腕編集者が出てきて欲しいね。